百日紅と太陽

  真夏の太陽に向かって枝を伸ばし、花を咲かせるサルスベリのように。自分の成長を実感できるような読書体験を届ける本屋です。

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2023年1月1日-まとまらない言葉を生きる

新年明けましておめでとうございます。今年も皆様にとって幸せの多い1年となることをお祈り申し上げます。

 

一昨年8月からスタートした本を扱う自営業。昨年で1年が経ち、2年目に入りました。たくさんの縁に恵まれたと感謝の気持ちでいっぱいである反面、当初多くの困難があるのだろうと想像していた以上に、思うように仕事は進まず、経営としてはほとんど成り立っていないと断言して良いくらいの状態ですが、続けることが大事なのだと自分に言い聞かせて、今年も読書による快適さを皆様と共有していきたいと思っています。

 

本のタイトルで今年1年の自分を表現してみたいと思い、あれこれと考えて、これだと思った1冊を、以前一度紹介していますが(※)私自身大切にしている本なので、再度紹介いたします。

 

まとまらない言葉を生きる/荒井裕樹 柏書房

 

2022年を振り返って、ちょっとネガティブな言葉にもなりますが、心に去来したのは、「諦め」でした。

 

SNSを中心に誹謗中傷が行き交い、他人を嫌な気分にさせる言葉が蔓延しています。インターネットの中の、しかもほんの一部分の言葉に過ぎないと分ってはいるのに、その言葉が持つ刃物の鋭さが声を大きくし、まるで大多数の人間がその言葉に同意しているかように錯覚してしまいます。

 

一方、それらの言葉をわざわざ俎上にあげているのではと疑いたくなるような態度を、私はメディアの報道を見て感じます。まるで「他人に迷惑をかけている人がここにいますよ。さあ皆さん、思う存分たたいてください」「この問題について苦言を呈している人がいますよ。さあ皆さん、どんどん反論してください」と言っているかのよう。相手を貶すことだけが目的のディベートのレフェリーの立場、と言えばまだ聞こえは良いですが、小学校のクラスでいじめられている子を外から眺めて「いじめられている子がいるから、皆もちょっかいだそうぜ」「弱い者いじめしている悪い奴がいるから、皆でこらしめようぜ」と言っている部外者、と言えば、「あなたもいじめている張本人ではないですか」と思ってしまいます。

 

誹謗中傷の言葉以上に、そんな「わざわざ炎上するように小さな火に薪をくべている」言葉が飛び交うのは、もう自分がどう思ったところでなくならないんだろうな、と思うようになりました。一昨年くらいまでは、コロナ禍で皆心に余裕がないという側面もあるだろうし、一時的なことかもしれないと思っていましたが。そのような言葉を目にして心がざわつくのをいちいち憂いていたら、心臓がいくつあっても足りない。ネット上に限らず、例えば会って話をしている相手の言葉に傷つくことがあったとしても、多少のことには目くじらをたてずに、心を穏やかに保つことに集中すべきなのだろうと思うようになりました。

 

「まとまらない言葉を生きる」この言葉が、今年の自分をつき動かすキーワードになるような気がします。心がモヤモヤする不快感をなくすために無理やり言葉を「まとめようとする」「話を単純化して一応の結論を出す」のではなく、「まとまらない」状態そのものを受け止める、と言いましょうか。そういう言葉が生まれるのは仕方ないことだから(それを発する人にもそれなりの事情があるだろうから)、その「あるのであろう事情」をひっくるめて容認しよう、という姿勢が、今の自分にとって大事なのだろうと思います。

 

その姿勢をもったうえで、何か自分を成熟させてくれるような言葉に出会える本を見つけて、他人と共有し、広めていきたい。そう思っています。

 

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

(※)

sarusuberi-to-taiyo.hatenablog.jp