百日紅と太陽

  真夏の太陽に向かって枝を伸ばし、花を咲かせるサルスベリのように。自分の成長を実感できるような読書体験を届ける本屋です。

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降り積もる言葉/積み重なる言葉

声の地層 災禍と痛みを語ること/瀬尾夏美 生き延びるブックス

 

まとまらない言葉を生きる/荒井裕樹 柏書房

 

言葉には「積み重なる」とか「降り積もる」といった性質がある。そのことを最近、特に感じる。その言葉を簡単にイメージする一つの比喩として、「地層」がある。下の層へ行けば行くほど、何百年も昔に堆積した土に出会う。どんなに昔であっても、新しい土が覆いかぶさることによって隠れはするけれど、決して消えてなくなりはしない。言葉にも、それくらいの存在感と重みがあって、人の心へ確実に作用する。

 

「声の地層」は、著者が被災者の生の声を聞いてしまったがために、その言葉を次の人へとバトンタッチしなければいけない、という責任を感じたことで生まれた本だ。被災者との出会いを綴ったエッセイと、その出会いからインスピレーションを受けて生まれた創作をひとつの章とした、13章の物語でできている。

 

当事者でない著者が声を受け取り、そこで言葉の炎を途絶えさせるのではなく、今度はその声を聞いた当事者として、次の聞き手に手渡す。消えることのない言葉が人から人へと移りゆく。言葉には、部外者を当事者に変える力があるのだと知った。各章の創作が、彼女がまさに当事者に変化したのだという何よりの証拠だろう。

 

「まとまらない言葉を生きる」も、言葉の「積み重なる」性質に重きをおいて、そのことを忘れてはいないだろうかと問いかける。他人の身体にとがった言葉を積み重ねること、自分の身体にとがった言葉が積み重なることの意味を、人は小さく見積もり過ぎてはいないだろうか、と。

 

他人に誹謗中傷の言葉を浴びせる人は、その言葉が自身をも蝕む可能性に目を向けない。自分が近い将来、その言葉を浴びせた相手と同じ立場になるかもしれない、といったような想像力を行使しない。自分が発した言葉で自分を呪いにかけないように、消えない言葉の扱いには細心の注意を払わなければいけない。

 

この社会は、特定の人たちの存在を拒絶する憎悪の感情を、露骨にあらわすことへの抵抗感が薄くなってしまったように思います。

 

「誰か」を憎悪するのにためらいのない社会は、「私」を憎悪するのにもためらいがないはずです。