百日紅と太陽

  真夏の太陽に向かって枝を伸ばし、花を咲かせるサルスベリのように。自分の成長を実感できるような読書体験を届ける本屋です。

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撤退論

撤退論 歴史のパラダイム転換にむけて/内田樹 編 晶文社

 

「これは何かが間違っている」と思ったのなら、潔く撤退すること。それが本当の知性だ。ずるずる続けて傷口を広げるより、ずっと良い。しばらく前にそのようなことを何かの本で読んで、意識が180度変わった。撤退したというと、端的に「逃げた」という表現と同一視してネガティブなイメージをもってしまいがちだけれど、そうではない。マクロで見て前進するためのミクロの撤退、はおおいにありうると思う。

 

本書は様々な分野の論客による、「撤退」をテーマにした論述集。私は特に、岩田健太郎「撤退という考え方-ある感染症屋のノート」の言い回しが好きで、繰り返し読んでいる。感染症を扱う医師はどこまでも「ファクトに誠実でありたい」という姿勢でいる。コロナウイルスに、「いまの社会はどこかが間違っている」という強力なメッセージを伝えようとする意志はきっとない。人間が勝手にそのようなストーリーを作り上げているだけだ。その冷徹とも言えるような態度を貫く彼らの淡々とした仕事ぶりに、どこか私は強い安心感を覚えるし、彼らの仕事ぶりのおかげで、日本での感染症が海外のように爆発的に広がらずに済んでいるのかもしれないと思える。

 

もちろん、我々も撤退はする。撤退は逃亡と違う。撤退(retreat)は戦術であり、手段である。もちろん、撤退は目的ではない。往生際の悪い感染症屋は、最終的には克服することしか考えていないのだから。