百日紅と太陽

  真夏の太陽に向かって枝を伸ばし、花を咲かせるサルスベリのように。自分の成長を実感できるような読書体験を届ける本屋です。

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土になる

土になる/坂口恭平 文藝春秋

 

「職業は〇〇。だから私は■■の専門家です」と一言で言えるような人間ではなく、もっと幅広く、奥行きのある人間になりたいと強く思うようになったのは、社会人になってからだと思う。昔は逆で、何か一つ秀でたものが欲しかったのだけれど。大学で建築を学び、卒業したのに、設計ひとつできやしない。そんな自分に嫌気がさして、「この道一筋」という生き方ができない自分を正当化しようとした結果なのかもしれない。これに関しては他人に負けない、というモノがないと、気をつけなければ「ただの人」で終わってしまう。でも、強みがなくても、少しでも興味を持ったものには片っ端から手を出して、いろいろなことを知っている、「何だかよく分からないけれど凄そう」と思われるような人が、実は仕事で他人を助ける役割を担えるのではないかと思う。

 

坂口恭平さんがどういう人なのか、詳しくは分からないけれど、プロフィールを見て、その多彩で多才な顔(建築家であり、絵描きであり、作家であり、音楽家であり、自らの命を断とうとする人を救う人である)を見て、著書を読むと、幅広く、奥行きのある、理想の人間は彼のことを言うんじゃないかと思えてくる。彼のエッセイには度々、「朝起きて、今日も原稿」という習慣が出てくる。そうやって吐き出される言葉はみな正直で、素直で、ありのままの言葉だ。家族と触れ、野菜に触れ、自分の周りで起こる出来事に一つ一つ丁寧に向き合う彼の言葉を読むと、あぁ、自分もこうやって自然に言葉を吐き出したいんだ(彼のように)、と、創作意欲が湧いてくる。