これからの建築 スケッチしながら考えた/光嶋裕介 ミシマ社
5年前。下北沢の本屋B&Bで毎日開催しているトークイベントに、初めて参加した。内田樹さんの自宅兼道場を設計した建築家・光嶋裕介氏の話を聞くことができるというので、行ってみたのだ。そこで買った新刊本にサインをしてもらったのが、この本だ。
総合大学の建築学科を卒業していながら、ましてや建築設計事務所に在籍していながら、設計がまったくできないという自分のコンプレックスは、あ、これはダメだと匙を投げた大学の設計演習以降、結局本日までぬぐい切れていない。最近は開き直って、設計はどう頑張っても無理だけれど、それ以外の方向で、それでも人々の生活をつくる大きな枠組みである建築の世界に身を置き続けたいと思っている。ただ「設計ひとつできやしない」という負い目は、たぶん一生背負うことになる。
尊敬する人の自宅兼道場をつくるという夢を現実にして、一心不乱に取り組む建築家の姿は、くすぶっていた自分にはまぶしすぎるくらい輝いて見えた。その輝きを、少しでも自分に取り込みたいと思って下北沢に向かったのを覚えている。そこで彼からいただいたサインの「Never Enough!!」という言葉から私は、仮にコンプレックスを蹴飛ばして自由になったとしても、それに満足することなく、常にその上を、つまりはいま以上の成長を目指して取り組みなさいよ、というメッセージを受けた。設計できないことだけを取り出してどうこう言うのではなくて、その代わりにできることを探して追求しましょうよ、というように。
「家というものを、生活者が所有している多種多様な物を大切に守る「蔵」として再考する」ということを、彼は「いささか強引ではあるが」と前置きしているけれど、本書を読むと、それが強引なこじつけでは決してなく、原始的で、その通りだと思える。自分が所有している物を大切に保管して、その物がそこにあり続けることに対して霊的な価値を見出すことが、家を家たらしめているのかもしれない。