わたし、解体はじめましった 狩猟女子の暮らしづくり/畠山千春 木楽舎
中学生くらいの頃だったろうか。地元では秋のお祭りがあって、毎年獅子舞をやっていた。役者に選ばれたわたしたち年齢の近い友達一同は、秋になると近くの神社へ行って稽古をし、社務所で師匠(といっても地元のおじちゃん)たちと夕ご飯を食べた。「醤油めし」と呼ばれる茶飯と醤油汁、そして豆腐一丁という漢飯を食らい、二~三杯ご飯をおかわりして大飯ぐらい度を友達と競った。そのときの一コマで強烈に覚えていることがある。にわとりだったかチャボだったか、とにかく生きた鳥を師匠たちが社務所の前でしめて、切った。わたしの記憶の無意識な捏造でなければ、その肉は料理として出され、食したのだろう。残酷さを感じはしただろうけれど、生命をいただくというのはつまりそういうことだ、と子供ながらに納得していたように思う。
「わたし、解体はじめました」は、一人の女性が狩猟生活を行う記録を記したもの。斧を振り下ろしてイノシシをしとめる彼女の躊躇なさに感動し、一方で自分にはできないだろうと思うと悔しくてたまらなくなる。「当たり前のように食べてるくせに、その勇気がないのか?」と自分以外の誰かが自分を責める。言葉では分かっていてもつい当たり前に食べ物を消費する自分に、「当たり前」ではなく「有難い」のだと気づかせてくれる本だ。