小学生の頃。学校の敷地内、グラウンドの脇に校舎とは違う公共建物があって、そこで観劇をするレクのようなものがあった。30年近く前のことなので演劇の内容は全く覚えていないのだが、なぜかタイトルだけは鮮明に覚えている。「杜子春」。児童演劇を行う劇団が来て、勉強とは違う形で学びの機会を提供してくれたのだろうかと想像する。その劇団名も、そもそも自分の記憶の正確さも、いまでは確かめられない。
「杜子春」という名前だけを脳に刻んだまま小学校を卒業し、そのまま大人になった。だから芥川龍之介の「杜子春」をきちんと読んだのは、社会人になってからだ。お金を失い路頭に迷っていた杜子春の目の前に老人が現れ、一夜のうちに杜子春は大金持ちになるが、使いすぎてまたすぐ貧乏になってしまう。お金を持っているときだけ接してきて、なくなったら見向きもしない、そんな他人に愛想がつきて、仙人である老人に教えを乞う。仙人の教えを忠実に守ろうとする杜子春の前に死んだ父母が現れて、杜子春は禁をやぶってしまう。
この話が伝えようとするのは、怠惰への戒め、師に従って耐えることの重要性、そして自分の意志よりも大事なことに気づくこと。30年前、多感な小学生に演劇という形でこれを教えてくれたのだろう。ちゃんと覚えておかなくては。