
静寂とは/著:アーリング・カッゲ 訳:田村義進 辰巳出版

どちらも大切な本だ。社会の常識や他者の意見、そういったものにむやみに従うのではなく、自分の内なる声にきちんと耳を傾けて、自分自身に対して誠実にふるまう。そうした姿勢でいることが、結果的に自分に良いものをもたらすのだという、実感がいまはある。そのことを教えてくれたのが、この二冊であると言ってよい。
心の中に静けさを。そう強く思えば思うほど、自分の外に目を向けて、静かな場所を探すことに注力しがちだけれど、そうではないのだと知った。たとえ何の音もしない砂漠のど真ん中にいたとしても、考え事や悩み事で頭がいっぱいであれば、内なる静けさとは程遠い。逆に、混雑した電車内であっても、人が混み合う街中であっても、意識次第で静寂を手に入れることはできる。大切なものは外にではなく、「内なる自分」にある。そのことを「静寂とは」は教えてくれる。
あなたが読むことのできるもっとも重要な本は、自分についての本だ。その本はすでに開かれている。
世界には無数の書物があるが、あなたが体験したことに勝る知識を与えてくれるものは一冊もない。
一方、本を読むとは根源的にどのような営みであるかを教えてくれたのが、「言葉の贈り物」だ。本を読むことで、自分の外にある言葉を探すのではなく、自分の胸の内に秘めた言葉にならない想いを掘り起こすことが大事なのだということも、私は若松英輔から学んだ。特に大好きな一節がある。
私たちが手にしなければならないのは、世に広く知られた本ではない。「私」だけが読み解くことのできる世界にただ一冊の本なのである。
この二冊を別々に読んで、気づいた。「『私』だけが読み解くことのできる本」=「自分についての本」なのではないかと。
人は本を読むとき、そこに「万人ではなく自分こそが共感できる言葉」を探す。共感できる言葉に出会うと、「これは自分のために書かれているのだ」と感じる。著者は自分のために書いてくれているのだ、と。自分のために書かれた本、ということは、それはもはや、著者というフィルターを介した、自分についての本なのではないか。
「自分だけが読み解ける本」も、「自分についての本」も、どちらも自分がいま、ここで、ありのまま生きていて良いのだと伝えてくれる。自分は他者にその存在を受け入れられているし、存在自体を歓迎されている。本を読んでいてそのことを実感する以上に、嬉しいことが他にあるだろうか。