百日紅と太陽

  真夏の太陽に向かって枝を伸ばし、花を咲かせるサルスベリのように。自分の成長を実感できるような読書体験を届ける本屋です。

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小さなエッセイが集まって1冊の書籍になる

松浦弥太郎随筆集 くちぶえサンドイッチ/松浦弥太郎 DAI-X出版

 

みぎわに立って/田尻久子 里山

 

「ふだんブログで書いている文章を、まとめて一冊の本にしてみたらいいんじゃないか」そうクライアントに言われ、ここ数日、浮ついている。ブログなどの文章を褒めてもらえたことがとにかく嬉しい。しかし、ただ浮かれているだけではもちろんない。本屋として読書の快感を伝える一つの方法として、これまでのテキストをまとめて発信するというのは有効な一案だと思うようにもなった。自分にはまだそこまでの力量がない、なんて言って諦めている場合ではなかった。

 

書籍というと少し敷居が高いように感じられるけれど、今はZINEといった、手軽に書きたいことを書いて出版する媒体が増えている。そうしたツールを活用するのも、本屋としての大事な情報発信だろうと思う。

 

何を書くかを考えるうえで参考になる、私にとって最重要な一冊が、松浦弥太郎松浦弥太郎随筆集 くちぶえサンドイッチ」だ。表題の「くちぶえサンドイッチ」は、著者が千駄ヶ谷アフタヌーンティーで一年間、毎週配布していたエッセイのタイトルである。収録された52(1年=52週間)のミニエッセイは関連性があるわけではないためどのページからでも手軽に読めて、しかも心がふわっと軽くなるような、あたたかさを秘めている。そうそう、そう感じることって、あるよね、と著者に共感して嬉しくなったり(例えば、カフェの店員さんに「いつもありがとう」と思っているという話とか)。「ああ、こういうエッセイを書けるようになりたいなあ」と本気で思った。

 

今、一か月に一度、行徳のカフェニルに出張してテラス席で本を売っている。その時に、本を買ってくれた方にB5用紙1枚程度のミニエッセイを渡している。このアイデアは、「くちぶえサンドイッチ」から着想したものだ。だから、カフェニルで配っているミニエッセイが、私にとっての「くちぶえサンドイッチ」である。

 

田尻久子「みぎわに立って」も、読んでいて心地良いきれいな文章のエッセイ集だ。刺激の強い、味付けの濃い出来事があるわけではない。なんでもない日常に、もっと目をこらしてみよう。すぐ忘れ去ってしまうことに何とかして抵抗して、記憶にとどめて味わっていかなければいけない。そんな気持ちになる。白黒の猫との出会いを描いたエッセイは神秘的で、これがエッセイを読むことの醍醐味だと思った。

 

本書も、一冊にまとめるために書きおろされたものではなく、西日本新聞の連載をまとめたものだ。少しずつ書き溜められた小さなエッセイが一定のボリュームになったとき、著者がどんな日常を送っているどんな人であるのかが、じんわりと伝わってくるような立派な書籍になる。複数のミニエッセイが、何か大きなテーマをまとった1冊のエッセイ集に変貌することのすごさを実感するようになったのは、本当に最近のことかもしれない。