百日紅と太陽

  真夏の太陽に向かって枝を伸ばし、花を咲かせるサルスベリのように。自分の成長を実感できるような読書体験を届ける本屋です。

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手紙を書くことと、思考の時間をつくること

言葉を植えた人/若松英輔 亜紀書房

 

考えるコツ/松浦弥太郎 朝日新聞出版

 

文章を書くときは、ただひとりの相手に向かって手紙を書くような気持ちで。そのように教わって以来、読む相手を意識するようになった。それは、松浦弥太郎さんのエッセイに度々登場する、彼ならではの「文章術」だ。不特定多数の人が読むようなエッセイや本なども、万人に向けてというよりは、たったひとりの「こういう人」を思い描いて書く。そうすると、読み手の心にすっと落ち着くような言葉を伝えることができるのだという。心から言葉を大切にしている方なのだろう。

 

若松英輔さんもまた、言葉のもつ繊細さ、鋭さ、あたたかさといったものを大切にしている方だと思う。彼の批評、エッセイを読んでいると、小声でそっと、そして優しく、自分の心臓に向かって語り掛けてくれているようで、そして同時に心臓を優しくなでてくれているようで、ほっとする。彼のように丁寧に生み出された言葉で丁寧に伝える誠実な姿勢を、私も持ち続けなければならないと強く思う。

 

「言葉を植えた人」の中で、染織家の志村ふくみに兄が送った言葉が紹介されている。

 

一期一会とは、私がこの手紙をかいている時は、一生に唯一度かく手紙という事に目ざめて、真剣に真剣に徹して書く事です。今こうして手紙をかく事は一生で唯一度の事です。永遠に立脚して一刻一刻に努力するのです。

 

そして著者は、ふと電車の中で志村の言葉が頭をよぎり、いままでは「どんな文章も自分が最後に書く一文のつもりで書くべき」と思っていたのに対し、「自分の書く文章が、誰かが最後に読むものになるかもしれないと思いながら書かなければならない」と思い直すようになった、と綴っている。この言葉を私も通勤の電車内で読んで、はっとした。いままでは自分からという視点で、どのような姿勢で言葉を発するべきかということに注意していたけれど、視点を変えて、相手にどんな言葉として受け止められるかということに気を配ると、考え方がまた変わってくる。一方の視点ばかりにとらわれていてはいけないと気づいた瞬間だった。

 

本を読んで、新しい見方を得てドキッとするような体験は、例えば賑やかな電車内など、落ち着いて読書に没頭しているとは言い難いような状況では、なかなか起こり得ないような気がしている。そういう気づきに敏感になるためには、何かをしながらではなく、「考えるための時間」をきちんと確保することが重要だと思う。そこで松浦弥太郎「考え方のコツ」を読むと、彼は一日に二回、思考のための時間を意識的に確保していると言っている。通勤途中の考え事では良いアイデアは生まれない。集中して、紙とペンを持って、思考することを目的とした時間を過ごす。アイデアを生むこと。本を読んで新しい知見を得ること。そのためには、「思考するための」時間が必要なのだ。