百日紅と太陽

  真夏の太陽に向かって枝を伸ばし、花を咲かせるサルスベリのように。自分の成長を実感できるような読書体験を届ける本屋です。

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時を重ねる家。

時を重ねる家。古い家を直して、育てる。あたたかな暮らし/エクスナレッジ

 

大学で建築を学び、設計の仕事をしたいと思っていた自分が想い描いていた具体的な仕事のイメージは、「無から新しい建物を建てる」ということだった。大学時代は、そう思っていた。創ることが、これから仕事をする自分の役割だと思っていた。そんななかで、同じ研究室の仲間が卒業論文のテーマとして選んでいたのが「既存ストックの利活用」だった。すでにある建物、とくに学校建築を、生かしながら価値を発信する事例を研究していた。スクラップアンドビルドという言葉が、当時いまほど叫ばれていたような気はしないけれど、新たに産むだけが建築ではない、というメッセージは、心得ていたと思う。

 

私はいま、生まれ育った実家を出て都内で暮らしている。賃貸住宅だし、死ぬまでずっと住み続けることを想定していない(どうせすぐ出るし、と思っているわけでもない)。いずれ実家で暮らすことは厭わないが、それは田舎に未練がある、というのではなく、将来空き家になるであろう実家をそのままにしたくない、という気持ちからだ。「もったいない精神」に近いかもしれない。売るのも、取り壊すのも、廃墟にするのも、嫌だ。だったら自分が住みこなしたい、それだけのことだ。

 

「時を重ねる家」古い家を、必要に応じて今の生活に馴染むように直して、暮らす。素晴らしい考え方だ。建築の過程で発生する廃材や工事のためのエネルギーなどが激減するというメリットもあるけれど、それよりも、古い家が持っている時間を重ねた佇まいを残すことが、居心地の良い空間の継承へとつながる、そのメリットが大きい。新しい家で新生活スタート!というと、気合いは入るがどこか落ち着かない。一方、昔からそこにあったものが一緒だと、それと一緒に過ごしていけるという安心感が伴うし、多少傷つけたりしてもストレスがない。

 

本書の、例えば木の柱など古い部分が垣間見える写真を見て落ち着くのは、きっと、もともとあったものが壊されず、新しい仕上げ材と一緒になって、新しい空間をつくっているのが目に見えるからだろう。実家もそうやって在り続けてほしいと思うから、自分が住みこなしたい。