オールアラウンドユー/木下龍也 ナナロク社
移動中の電車の中での過ごし方の話。いままでずっと、本を読んでいるのが一番楽な過ごし方だと思っていた。しかし、意外と集中して読むことができない。ため息をつきながら鞄にしまって目を閉じる、そんなことがとても多く、実は楽しめていないことに、つい最近ようやく気付いた。いや、いままで気づかなかったわけではない。目を背けていたのだ。周囲の、スマホの画面を見ている9割の人と一緒になるのが嫌で、でも何もしていないのも退屈で、だから本を読むことを選んだ。「電車内では本を読むことを楽しんでます!」と言いたかった。だから実はじっくり読めていない事実を直視したくなかった。
最近はそんな自分も受け入れて、では何だったら読めるだろうか、と考えて、詩集や歌集が良い、という結論に至った。どのページからでも読める。そして、一つの詩、一つの歌を、何度も繰り返すようにゆっくりじっくり読んでも良い。あぁ、これなら楽しめる。そう思った。
若松英輔さんの詩集は何冊も本棚に置いていて、ことあるごとに手に取って読んでいる。なかでも「幸福論」の冒頭のいくつかは宝物のような詩だ。忙しすぎてはいけない。こころに余白を与えなくてはいけない。限られた時間の中でたくさんのタスクを詰め込みたくなるいま、こころの余裕が必要だ。
「オールアラウンドユー」は木下龍也さんの第三歌集。クロス貼りの表紙がとにかく美しい。1ページ見開きに2つの歌。ぱっと開いたページの歌が、自然と身体にしみこんでくる。
退屈で、かつうっとうしい時間の最たるものである通勤電車内。その時間が幸福で楽しみな時間になったら、どんな厳しい出来事にも負けないんじゃないかと思う。