百日紅と太陽

  真夏の太陽に向かって枝を伸ばし、花を咲かせるサルスベリのように。自分の成長を実感できるような読書体験を届ける本屋です。

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最新版論文の教室

最新版論文の教室 レポートから卒論まで/戸田山和久 NHK出版

 

思い出すのは、大学入試。第一志望校の筆記試験を終え、残すは小論文のみとなった。これが終われば緊張から解放される。最後の力を振り絞って臨んだ小論文で私は、体中から汗と言う汗を全て出し切って脱水症状になるのではないか、という事態に陥った。過去問で扱った問題のどれとも違う。建築学科の入試問題なのに、一見建築とは何の関係もない「江戸時代の不定時法について述べよ」ときた。焦った。それまで勉強してきた努力が全てリセットされた。とはいえ、発狂して会場から逃げ出すわけにもいかず、なんとか文字を埋めていったものの、時間が足りず、終了の合図が出るその瞬間まで、鉛筆を握りしめて文字を書いていた。解答用紙は汗でべちゃべちゃ。たぶん採点者も文字を読めなかったと思う(急いで書いた汚い字だから、汗で滲んだから、という二つの意味で)。当然ながら、不合格。受験勉強を通して学んだのは論文作成能力ではなかった。不測の事態にも落ち着いて対応する胆力は、どんなに勉強に時間を割いても身につけられない、という事実だった。

 

法科大学院で、法曹になるべく学ぶ学生を支援する仕事をしている。司法試験問題のメインは、論文式。例えば刑事系の問題だと、AがBに傷害を加えて死亡させる経緯がつらつらと続き、Aの罪責を述べよ、とくる。順を追って、理由をきちんと書いて、判例をひろいつつ、罪責を論じる。仕事柄、学生の答案を見ることがあるのだけれど、論理的に文章を組み立てて回答を導いている答案を見ながら息をのむ。こういういきちんとした文章を書けるようになりたい、と自分が心の底から思っていたのは、たぶん最近のことではない。書くことへのあこがれと向上心を、司法試験問題は思い出させてくれた。

 

「レポートから卒論まで」。整った論文を書くための心構えから具体的なノウハウまでが、詰まっているのが本書だ。趣旨を理解し、あくまでも「型にはめた」文章を構築していく。江戸時代の不定時法なんて突然聞かれても、と動転する前に、自分の中にあることをひとつひとつ型にはめていく。その姿勢を大学入試の時に持っていれば、その後の人生はまた違ったものになっていたかもしれない。